通信の切断、治安部隊の出動、反国王派の監禁・拘束など、混迷続くネパールからの現地リポート。
2月19日(土曜日)
午前10時より、トリブバン空港に近い情報局の建物横にあるネパールジャーナリスト連合の事務所で、ネパールを訪問中のジャーナリスト国際連合(International Federation of Journalist )のクリストファー・ワレン会長の記者会見があった。大勢の記者たちが集まり、会議室におさまらなかったため、庭にマイクを設置して行うことになった。
ワレン氏はまず、今回の訪問で、「ジャーナリストの表現の自由の権利に対する受け入れがたい退歩が見られた」とする声明を読み上げ、このなかで、2月1日政変後、これまでに全国で6人のジャーナリストが治安部隊に拘束されたことを明らかにした。国王のアドバイザーと軍はIFJに対して、「ジャーナリストを拘束していない」と何度も主張したが、これは真実ではないとワレン氏は発言。さらに、すぐに新聞が届かない地方で重要な情報源となっていたFMラジオで、ニュース放送が完全に禁止されたことを非難し、これにより、すでに全国で約600人の記者が職を失い、さらに1000人の記者が失職する可能性があると指摘した。
拘束された6人のジャーナリストは、ネパールジャーナリスト連合の幹事長、日刊紙「カンティプル」、「ゴルカパトラ」、National News Committeeの記者ら。カトマンズで発行されている日刊夕刊紙「サンデャカリン」の編集長は、ネパール会議派のコイララ党首の声明を掲載して逮捕された。国営メディア(ゴルカパトラとNNC)の記者2人が拘束されているのも興味深い。
ワレン氏は今回のネパールの政変に関して、「過去20年のあいだで世界で起こった、最も深刻な民主主義に対する迫害である」と非常に厳しい表現を使って非難していたことが印象的だった。
記者会見の最中、知り合いの記者が「顔見知りのCID(中央情報局)が3,4人混じっている」と教えてくれた。政変後、どこへ行っても、人が集まるところに私服のCIDが来ないことはない。
記者のあいだで、「自由に書けない」事に対する不満がたまっている。某有力日刊紙では今日の号に、昨日の政党側のデモの記事を1面で載せようとしたら、発行者からストップがかかったと聞いた。ネパール会議派のコイララ党首の声明を1面で掲載した日刊紙「ラジダニ」と、“少しでしゃばった”記事を掲載した英字紙「ザ・カトマンズ・ポスト」など3紙が官憲側に呼ばれて注意を受けたと聞いた。
マオイストの本拠地であるロルパ郡西部で、治安部隊による大規模な空襲があったという。どこのメディアにもニュースとして出ていないが、確かめようがない。同郡に何度か取材に行ったさい、知り合いになった村人たちのことが気になる。皆、無事であることを祈るだけだ。
2月20日(日曜日)
マオイストが12日に全国で“ナカバンディ(交通封鎖)”を始めて今日で9日目。マオイスト関連の地方のニュースはほとんど報じられなくなったが、カトマンズ盆地の外での交通封鎖の様子が少しずつ入ってくるようになった。今日の日刊紙「カンティプル」は一面で、ダディン郡のハイウェー上で、17日夜、マオイストが少なくとも13台の車を焼き討ちし、そのうち2台のトラックで輸送されていた水牛58頭が生きたまま焼き殺されたと伝えている。マオイストの本拠地に近いピュータン郡の友人に電話で聞いたところ、12日以来、同郡郡庁所在地のカランガには1台の車も来ていないという。
カトマンズの生活は一見、正常に見えるが、カトマンズ盆地の外へ一歩出ると、実はほとんど車が走っていないらしい。平野部にあるナワルパラシ郡に住む知り合いは、政変の数日後、治安部隊が来て、外国人観光客のリゾート・ホテルの電話をのぞく、村にあるすべての電話器を押収していったと話していた。彼はカトマンズにいる親類に電話をするために自転車で2,3時間走ったところにある大きなバザールに出なければならなかった。
一体、カトマンズの外では何が起こっているのか?昨夜は上空を頻繁にヘリコプターが飛び交っていた。今日になり、ダヌサ郡でマオイストがハイウェーに近い警察詰め所を襲撃したことがわかった。恐らく、負傷した警官を運んでいたのだろう。
国王率いる新政府の思惑は、海外からの目が集まる首都圏をできるだけ正常に保つこと。そのために、政変以降、最大限の数の治安部隊が首都圏に展開されている。一方、マオイストはまず間違いなく、今回の政変により戦略を変更している。人民戦争の最後の段階である「戦略的反撃」の段階に入り、彼らは大規模襲撃を計画していたと見られているが、非常事態宣言が発令され、徹底した報道管制が布かれたなかでは、大規模襲撃をしたところで広報効果は低い。もともと、マオイストが大規模襲撃を決行する目的の一つは、彼らの軍事力を鼓舞することにあるが、ネパール国内のメディアが襲撃のニュースをまったく書けない状態では、その意味もない。
マオイストは人民戦争開始記念日にあたる2月12日から無期限の「全国ナカバンディ(交通封鎖)」を開始したが、彼らは政変後にこの交通封鎖をできるだけ長く、かつ効果的に継続することを現在の最大命題としていることは明らかだ。
おそらく、彼らの最大限の武装勢力を平野部の幹線道路であるマヘンドラ・ハイウェー、そしてカトマンズ盆地と平野部をつなぐプリスビ・ハイウェーに集中させていると予測できる。彼らの最重要な目的は、首都圏を経済封鎖して一般市民の生活に影響を与えることにより、政府に圧力をかけることと予想できる。
英字紙「ザ・カトマンズ・ポスト」には、マオイストの本拠地であるルクム郡で、マオイストが6つの学校を爆破したというニュースが掲載されていた。彼らがなぜ学校を爆破したのか、詳細を知りたいところだが、それ以上の情報は伝わってこない。
2月21日(月曜日)
マオイストの交通封鎖による一般人の被害を伝えるニュースが「カンティプル」紙に出ていた。昨日午後3時ごろ、カトマンズ盆地と平野部を結ぶ幹線道路プリスビ・ハイウェー上、ダディン郡チャラウディで治安部隊にエスコートされて走っていた車の列にマオイストが発砲し、インド人のトラック運転手1人が死亡、ムグリン方面に向かっていた民間バスの乗客ら14人が負傷した。現場はバザールの中で、マオイストは治安部隊がエスコートしていた車の列の後ろのほうをねらって攻撃したという。
一方、カピルバストゥ郡では村人による「マオイスト狩り」が始まったことがさまざまなメディアを通じて伝えられている。日刊紙「ネパールサマチャールパトラ」によると、同郡ガヌシュプル村では17日、村人がマオイスト12人を殺害。19日、さらに8人のマオイストが殺害された。マオイストが村で元警官を拉致したことから、怒った村人によるマオイスト狩りが始まったというが、政府系メディアがこの事件を盛んに利用しようとしているのが懸念される。平野部では、これまでにもこうした村人によるマオイストの殺害が起こっているが、これだけ大勢のマオイストが殺害されたのは初めてだ。
インドの外務次官に召還されていたネパール駐在のムケルジ・インド大使が昨日、カトマンズに戻った。ムケルジはニューデリーを離れる際、記者団に対して、「われわれは近くからネパールの状況を見守っている。国王がすぐに民主主義を復活させ、拘留されている人たちを釈放することを望む」と話していた。
先日から、18日の「民主の日」の式典に国王の右腕のトゥルシ・ギリ副首相が欠席したことが話題に上っている。「ロビー活動のために、インドを訪問中だ」と言う噂を聞くが、夜になって、これが誤情報で、実は「具合が悪くなり、滞在先のホテル・ヤク&イェティで休養中」ということを聞く。今日の閣僚会議にも出席したそうだ。政界情報に関する噂が飛び交うなか、どれが真実かを見極めるのが難しい。
毎晩の日課となった、BBCラジオのネパール語放送を聴くと、スールヤ・バハドゥル・タパ元首相が今回の政変を非難する声明を出したニュースを伝えていた。直接、国王を非難してはいないが、「アドバイザーが誤った忠告をした」と非難し、「複数政党制民主主義に危害が及んだ」と、政変が間違っていることを主張する声明だ。パンチャヤト時代にも何度か首相を務めた経験のある、タパ元首相は、昨年、自らが結成した国民民主党を離党し、新党結成の動きを見せていた。この背後に国王の意図があると見る向きもあり、少々意外な声明だった。ただ、今回の政変時に、タパ元首相のところに「副首相」として王室から入閣の打診があったが、タパはこれを断ったと聞く。タパのところには、パラス皇太子自身が打診に行ったという噂もある。さらに、声明を出したタイミングが、ムケルジ・インド大使が戻った直後ということもあり、もともとインド政府と太いパイプをもつ政治家として知られるだけに、タパの声明がインド側の意向を反映していないともいえない。
2月22日(火曜日)
政治家や役人の汚職を調査する強力な権限をもった汚職統制王室委員会が、昨日から始動した。この委員会の委員長に任命されたのは、1990年民主化運動当時に内務次官を務めていたバクタ・バハドゥル・コイララだ。どうして、こうも古い人間ばかりをもってくるのか、他に適格者がいなかったのか、“見え見えの人選”は弱点になるような気がするのだが。
公務員の汚職調査に関しては、CIAA(公権乱用調査委員会)が存在しているが、今回発足した王室委員会はこれとは別に政治家・公務員ら公人の汚職に関してチェックすることになる。すでに、大勢の政党リーダーの名前が載ったリストが用意されていると言われており、政党側はこの委員会の設置を「政党を弱体化させるための国王の陰謀である」と非難している。“汚職”は、民主化後の政党政治家の最大の弱みである。国民の前でエクスキューズはできない。
「カンティプル」紙によると、官憲は政治家・人権活動家など200人の名前を「カトマンズ盆地の外に出してはいけない」リストに載せ、空港やハイウェーの入り口でチェックしているという。すでに20人以上の人がこのチェックにかかって、盆地の外に出ることを阻止されたらしい。そうした人のなかには、元国会副議長のチトラ・レカ・ヤダフ女史、国家人権委員会のカピル・シュレスタらがいる。私の周囲にも、このリストに名前が載った人が結構いる。海外への渡航を控えて、どうやって国を出るか頭を痛める人、地方への調査に行こうとして阻止された人、地方にいる家族に会いに行こうとして阻止された人など。いずれも国内外に名の知れた有識者たちだ。
午後2時から、レポーターズクラブで、マドゥカル・シャムシェル・ラナ財務相の記者会見があった。英米インドがネパールに関する軍事援助を停止する可能性について、私が最初の質問をすると、ラナ財務相は「まだ正式に停止を公にした政府はない。これまでも国防費の7割は国内歳入でまかなってきた。(外国からの援助が止まろうと)自国内で防衛費をまかなうことができる」と発言した。非常に強気な発言だが、軍事援助が止まれば、マオイスト掃討のために兵力を大幅に増やす計画がある王室ネパール軍の将来に影響が出ることはまちがいない。
デンマーク政府が新プロジェクトの停止を決定するなど、政変後、海外のドナー機関がネパールに対する援助を見直す態度を示しているが、ラナは「彼ら(外国政府)はネパールに政治をしにきているのか、それとも、援助に来ているのか、考えるべき」と、外国政府の政治介入を非難する発言をした。また、2月12日から今日で11日目になるマオイストによる「全国交通封鎖」に関しては、「メディアが治安部隊の存在を知らせて、封鎖を突破することに手助けをすべきだ」と、メディアに対する不満をぶちまけた。
イギリス人の文学者を夫人にもつラナ財務相は、これまで政府の経済問題のアドバイザーを務めたこともある経済の専門家だ。しかし、国王率いる新政府が現在、最重要課題としているのは治安維持である。「海外援助が停止しても、治安維持費は国内でまかなえる」とラナ財務相は言うが、それは、税金を上げて国民の負担を増やすと言う意味のなのか、あるいは、開発予算を軍事費に回すという意味なのか、詳細は答えなかった。
夜、マオイストが党機関紙「ジャナデシュ」をE−メールで送ってきた。そのなかに、「4月3日から12日までの10日間連続、全国ゼネストを決行する」とある。これまでの全国ゼネストの最長記録は確か、5日間だったと思う。その2倍の10日間の全国ゼネストをするという。以前であれば信じられない話しだが、今の地方の様子を聞くと、不可能とは言えそうにない。それにしても結局、一番困るのは一般の国民である。いつまで迷惑をかけるつもりなのか、うんざりする。