ギャネンドラ国王が絶対王政を布いてから25日たった2月26日、5政党が「完全な民主主義」を求めて合同で民主化運動を始めることを宣言した。ネパールでは1990年2月にも、複数政党制の復活を求める民主化運動が起こっている。このときには、当時非合法政党だったネパール会議派と7つの共産系政党からなる統一左翼戦線が合同で運動を開始し、約50日間で決着がついた。民主化勢力側が勝利して、当時のビレンドラ国王が同年4月8日に政党活動の禁止を解く「民主化宣言」を行ったのである。
そして15年、ほとんど同じ顔ぶれの政党が、再び絶対王政を布いた国王に反対する民主化運動を開始した。運動を組織する政党リーダー・活動家の多くは、90年の民主化運動を経験している。しかし、運動の中心となる学生は“90年”を知らない世代だ。今回の「2月1日政変」後、“90年”を経験したリーダーもその後の世代も、多くが地下に潜行して活動を始めた。
彼らが、今回の運動で何を求めるつもりなのか。国内外の情勢は“90年”当時とは大きく変化している。そんななかで、運動をどう進めていくつもりなのか。政変後、地下に潜行して活動をしている最大2政党のネパール共産党統一マルキスト・レーニニストとネパール会議派に属する2人のリーダーに、3月1日、それぞれのシェルターでインタビューすることができた。
●「完全な民主主義とは共和制のことだ」;ガガン・タパ(学生リーダー) 久しぶりに会うガガン・タパ氏(28歳)は、無精ひげを生やしていた。人を引きつける大きな目とはっきりとした物言いは相変わらずだった。タパ氏はネパール会議派(NC)の学生組織NSU(ネパール学生連合)の前幹事長である。昨年初め、カトマンズ盆地で学生による反国王の街頭運動が盛り上がったとき、集会の演説で、あるいはテレビのインタビューで、真っ先に「共和制要求」の声を上げて注目された学生リーダーだ。
国王が“宣言”をした2月1日朝、彼はNCのギリザ・プラサド・コイララ党首との会見を待って、党首の自宅前の茶店にいた。国営放送を通じて国王が宣言を始まる前、コイララ党首の警備要員として彼の自宅内にいた知り合いの武装警察官が、タパ氏の携帯電話に電話をして、「党首を自宅監禁下に置くために、治安部隊がここに来る」と教えてくれた。そのため、タパ氏はそこを離れて拘束を免れた。それ以来、彼は自宅を離れ、知り合いの家を転々としている。彼の自宅の2本の電話は、官憲側に2月16日から切られて不通となっている。
彼はまず、今回、運動を組織するのがいかに困難であるかを説明した。
「ほとんどの人が自宅に戻れないので、とにかく活動家のあいだで連絡がとりにくい。連絡役を務めていたNSU事務所のセクレタリーも、17日に事務所から逮捕されてしまった。それに、NSUの組織内に政府側のスパイが入り込んでいることが今になってわかった。会合をしても、誰を信じていいのかわからない」
学生のあいだで政治に対する関心が薄くなっていることをも指摘する。
「キャンパスのなかでもわれわれの運動に対する強い支持がない。公立のキャンパスはともかく、私立のキャンパスには学生組織もない状態だ。一般の学生が自発的に運動に参加してくる可能性は低い。したがって、われわれはキャンパスのなかで活発に活動しなければならない」
26日、7つの学生組織は合同会議を開いて、3月2日から全国のキャンパスでさまざまな抗議プログラムを始めることを決定した。私服警官や軍の情報局の人間が各キャンパスに入り込んでいることに抗議して、官憲をキャンパス内から排除する要求をキャンパス側に出す活動も始めている。合同運動初日の2日には、「国王の宣言文」を燃やすプログラムが実施され、カトマンズ市内のキャンパスから10人以上の学生が逮捕された。
90年の民主化運動と同様に、学生が運動を牽引していくような形になっているが、タパ氏は党リーダーの古い考えに強い不満を示す。
「党リーダーの心理は政変後も1インチも動いていない。90年の民主化運動時と違って、草の根レベルまで党組織が浸透しているにもかかわらず、それを利用しようとしていない。党は国民を恐れているとしか思えない」
5政党は、「完全な民主主義」を求めて合同運動を始めることを宣言した。党側は「完全な民主主義」が具体的に何を意味するかについて、決定をしていない。しかし、彼の考えは明確だ。
「完全な民主主義とは“共和制”のことだと理解している。NC内でも、政変後にインド側に行って活動しているリーダーの大半は共和制支持者で、よりオープンに発言している。しかし、ネパールにいるリーダーは“共和制”と言う言葉を使いたがらない。これに関する党のラインが明確にならないかぎり、われわれは困難な立場に立つことになる」
●「今回は運動のプロセスで国王の居場所は考慮しない」;シャンカル・ポカレル(CPN−UML中央委員) シャンカル・ポカレル氏は、ガガン・タパ氏よりも一世代前の学生リーダーである。90年の民主化運動当時、トリブバン大学の学生だったポカレル氏は、ネパール共産党統一マルキスト・レーニニスト(CPN−UML)の母体であるネパール共産党マルキスト・レーニニスト(CPN−ML)の学生組織ANNFSUの副会長として、運動に大きな貢献をした。現在、CPN−UMLの中央委員を務めるポカレル氏は、2月1日政変後、地下に潜行し、党の広報責任者となった。3月1日、CPN−UMLのなかでも優れたイデオローグの一人として知られるポカレル氏と会見し、同党内の動きに関して話しを聞いた。
CPN−UMLは最大の共産系政党として、CPN−MLの時代から長い地下活動経験をもつ政党だ。今回の政変時にも、何人かの党幹部が自宅監禁下に置かれたり逮捕されたりするなかで、直後に非公式の幹部会儀を開いて、ジャラ・ナス・カナル常備委員会メンバーを総書記代理として任命するなど、真っ先に運動のための党組織を確立した。
CPN−UMLは2003年5月からNCら4政党とともに反国王の街頭運動を続けてきたが、昨年7月、街頭運動を離れて当時のデウバ内閣に入閣した。国王任命の内閣に入閣したことに関して、NCらの運動勢力からは“裏切り”ととられ、党内にも入閣に反対する声が強かった。しかも、デウバ内閣が国王の権力強化に手を貸すような動きを続け、マオイストとの平和的対話に対するイニシアチブをとらなかったことから、「UMLの入閣が現在の危機の一因となった」とする批判が党内外から上がっていた。
党内で“入閣反対派”でもあったポカレル氏は、こうした過ちを認めたうえでの党内粛清の動きがあることを明らかにして、こう話した。
「まず、党が過去にしたことを見直すべきだという意見が出てきている。(90年の)民主化後、民主化勢力は互いに協力しあうことをせずに、党内党間の抗争にばかりエネルギーを費やした。NCもわれわれも、国王の利益になるとわかっていながら、自党の興味のために、上院で(王室派の)パンチャヤト時代の政治家を支持したりした。どの政党も、マオイストの問題は対話を通じて平和解決すべきであることがわかっていながら、政権に就くと軍事解決しようとした。党のイデオロギーに従った政権取りができなかった。こうしたことをすべて過ちと認めて、再び繰り返さないようにしないといけない」
同党内では、党内の組織強化と国民の信頼を取り戻すために、“汚職政治家”として知られる党幹部らの処分を含めた粛清に関する議論が始まっている。“運動後”の新しい政治体制に関する議論も始まっているという。最大のポイントである王制の問題については、こう答えた。
「90年の民主化時には、われわれは国王の“居場所”を考慮した。しかし、今度は、国王は“自分の居場所は自分で守れ”という基本方針だ。つまり、われわれはわれわれの権利のためだけに闘うということだ。今回は、運動のプロセスで国王の居場所を考慮するようなことはしない」
5政党の共通スローガンである「完全な民主主義」に関して、ポカレル氏は次のように話した。
「国王のいない民主主義が必要だという声が草の根レベルから上がってきている。表では“完全な民主主義”という言葉を使っているが、実際には共和制要求の方向に向かう可能性が高い」
タパ氏と同様に、ポカレル氏もすぐに運動が盛り上がる可能性は低いと見ている。
「すぐに大規模な運動を起こすことは無理。まず、運動を広める環境作りから始めないといけない。医師や教員、法律家などの職業人、学生、労働者などの党組織、地方の人たちのあいだで運動を徐々に広め、都市部で運動を盛り上げる方向で環境づくりをする必要がある。とくに、長いあいだ、マオイストと治安部隊という二つの武装勢力からの圧力に耐えてきた地方の人たちのあいだで、われわれの運動の側につく人が増える可能性がある」
1960年にも、現在のギャネンドラ国王の父にあたる故マヘンドラ国王が同じような形でクーデターを起こし、絶対権力を掌握した。その後、政党活動は禁止され、複数政党制を取り戻すのに30年間かかった。今回はどうなのか。当時と45年後の今の違いを、ポカレル氏は次のように指摘する。
「60年当時には、大勢の政党リーダーが国王側に寝返った。しかし、今回、政変後、国王側についた政党リーダーはほとんどいない。さらに、45年前、ネパールは国際社会から孤立していたが、現在は、国際的に注目されている。そして、もう一つ大きな違いは、民主化後の15年間に、国民のあいだで“民主的”文化・習慣が浸透したことだ。こうした違いを見ると、この状態を長く続けられるとは思えない」
5政党は、3月8日に最初の合同プログラムを計画している。2日には、政党傘下にある10の学生・青年組織が3月17日に全国で抗議デモをすることを宣言した。政党側は次々に抗議プログラムの計画を明らかにしているが、一般の国民が彼らの運動に共感するか否かは、政党側が過去15年のあいだに犯した過ちをどれだけ正して、それを国民にアピールできるかにかかっている。