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速報
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ネパール 非常事態宣言! 小倉清子の緊急手記 第17回 マオイスト党内分裂の真相(05/04/25)
 2月1日、ギャネンドラ国王が非常事態宣言を発し、全権を掌握したネパール。国際電話、インターネットなどの通信は遮断され、カトマンズ在住の小倉清子との連絡も途絶えた。2月8日、ようやく通信が復活。
 通信の切断、治安部隊の出動、反国王派の監禁・拘束など、混迷続くネパールからの現地リポート。


4月24日(日曜日)
2003年の政府との第二回対話時のマオイスト側対話団。中央が対話団長を務めたDr.バブラム・バッタライ氏でその左手が“バーダル”。左端がデブ・グルン氏。右手がクリシュナ・バハドゥル・マハラ氏で、右端がマトリカ・ヤダフ氏。
 ピュータン取材の最後のころから始まった下痢が、10日以上治らず、日常生活にも影響が出ていた。何しろ、いつ何時トイレに行くことになるかわからないので、長時間外出ができない。何を食べても“出て”しまうので、栄養が吸収されないためか、歩いていてもすぐに疲れてしまう。アーユルベーダの薬を飲んでも一向に改善せず、昨日、困って友人の医師に電話をして症状を伝えたところ、「恐らく、大腸菌か原虫のせいだろう」と言われ、2種類の抗生物質を飲むよう指示された。ところが、これを飲んだところ、下痢がぴたりと止まった。友人の医師は、村での“不衛生な水と食事”のせいだろうと言っていたが、そのとおりだったようだ。それにしても、これまでの取材では、村の人とまったく同じ生水を飲んで、同じ食べ物を食べてきたが、こんなひどい下痢をしたことはなかった。体力に少々自信をなくした。

 取材から帰ってからの10日間、ギャネンドラ国王がジャカルタで開かれたアジア・アフリカサミットで演説をして、国際社会からの協力を求めたこと、サミットのあとに国王がインドのマンモハン・シン首相と会見し、シン首相が「ネパールへの軍事援助再開を約した」と伝えられたことなど、いくつかの動きはあったが、カトマンズの政界では大した動きはなかった。街頭運動をする政党は5月1日のメーデーを焦点にデモを計画している。マオイストも11日間連続全国ゼネストとルクム郡カラ軍兵舎襲撃のあとは、各地で私立校を爆破するなどの活動を続けているほかは大きな動きを見せていない。

 3月半ばからネパールのメディアをにぎわせているマオイストのナンバー2だったDr.バブラム・バッタライの「処分事件」は、相変わらずメディアの注目を集めており、22日発売の週刊誌「サマヤ」と今日発売の週刊誌「ネパール」がこれに関する記事を掲載している。「ネパール」の編集長スディル・シャルマ氏が書いた記事が、私がピュータンで会ったマオイストから聞いた“真相”を裏付けるもので、大変興味深く読んだ。私が聞いた“真相”は以下のような話だった。

 毛沢東の思想では、“党”、“サッタ(人民政府)”、“セナ(人民解放軍)”の3つを人民戦争の“魔法の武器”と呼んでいる。これまで、“党”と“人民解放軍”のトップは党首プラチャンダが務め、“人民政府”の長、すなわちマオイストの中央政府である統一革命人民評議会の議長はDr.バブラム・バッタライが務めていた。しかし、昨年8月にロルパ郡で開かれた党中央委員総会で、3つの“武器”の長をプラチャンダが占めることが決定された。Dr.バッタライはこれに反対し、党内の意見分裂を党規に反して、日刊紙「カンティプル」と週刊誌「サマヤ」を通じて党外に暴露しようと試みた。処分の理由は、この党規に反した行為にあるというのである。「バッタライ氏は今どこにいるのだ」という私の問いに対して、このマオイストは「彼とその夫人(ヒシラ・ヤミ氏)は今、人民解放軍の1個大隊に守られた党首プラチャンダとともにいる」と答え、バッタライ夫妻が人民解放軍の拘束下にあることを示唆した。

2003年の停戦中でカトマンズで開かれたマオイストのラリー。プラチャンダ党首の巨大なバナーが見える。
 一方、今日発売の「ネパール」は中央委員総会のあとに、バッタライ氏がプラチャンダ党首に対して出した“批判書”を全文掲載している。これを読むとさらに詳細な“真相”がわかる。“批判書”のなかで、バッタライ氏は昨年の中央委員総会の席で、彼が統一革命人民評議会の議長を辞任したことに触れている。新議長として、バッタライ氏は彼でもプラチャンダでもない“第三者”を選ぶよう提案した。プラチャンダ党首とバッタライ氏が会議の席とは別に個別に話し合いをした際、プラチャンダ党首は「これに関してはとりあえず決定はしない」とバッタライ氏に告げた。ところが、プラチャンダ党首はバッタライ氏に知らせずに、総会の議事録に「統一革命人民評議会の新議長にプラチャンダ党首が就任することになった」ことを決定事項として記載した。つまり、プラチャンダ党首はバッタライ氏を裏切ったわけだ。バッタライ氏はこれに関して、「1人がリーダーシップをとるのでなければ、敵にもてあそばれる余地が生じるなどという論理を人(党員)に押し付けるようなことは、抑圧者階級からなる政党はグループ・リーダーシップをとるという習慣を捨てることになる。これはきわめて危険で、(党にとって)致命的なことである」と、厳しく非難している。それだけではない。バッタライ氏は、昨年、インドのシリグリやニューデリー、パトナでマオイストのトップクラスのリーダーがインド警察に拘束されたことに関連して、党側がバッタライ氏と考えを同じくするリーダーに罪を着せて、処分しようとしたことにも触れている。

 この“批判書”を読むと、マオイストの党内抗争がかなり深刻であることがわかる。バッタライ氏はプラチャンダ党首への権力集中を阻止し、党内民主化を試みようとしたが、プラチャンダ党首はさまざまな陰謀を通じてこれを阻止したことが明らかだ。「ネパール」の記事によると、5人のメンバーからなるマオイストの最高決定機関、常備委員会も再編成された。“キラン”ことモハン・バイデャヤ氏が昨年、インドのシリグリで逮捕され、バッタライ氏が党内のすべての地位を剥奪されて一般党員にまで降格されたあと、2人の代わりに、デブ・グルン氏とスポークスマンのクリシュナ・バハドゥル・マハラ氏が常備委員会のメンバーとなった。これで、常備委員会の全メンバーが“プラチャンダ派”で占められたことになる。

 現在、常備委員会のメンバーである“バーダル”ことラム・バハドゥル・タパ氏もかつて、党内の女性リーダー(パンファ・ブサル政治局メンバー)との“関係”が原因で、政治局メンバーから一般党員に降格されたことがある。バーダルはその後、比較的短期間にリーダーシップに返り咲いたが、バッタライ氏の場合、党首プラチャンダの権力に関わる問題だけに、問題の根が深い。バーダルのような早期復帰が可能かどうか疑問である。

 それにしても、“陰謀”により絶対権力を手にしたプラチャンダ党首と、クーデターにより絶対王権を手にしたギャネンドラ国王と、どれだけの違いがあるだろう。今回の“バッタライ氏処分事件”により、マオイストは間違いなく下降線をたどるだろう。将来的に、治安部隊との戦闘に負けるよりも深く大きな打撃を受けることになるはずだ。マオイストの弱体化は国王への利益につながる。ますます先が読めなくなった。


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