通信の切断、治安部隊の出動、反国王派の監禁・拘束など、混迷続くネパールからの現地リポート。
5月22日(日曜日)
今日は7政党が合同で民主化運動を開始する日だ。2月1日の政変以降、なかなかモメンタムをとれないでいた政党が、これを機に運動を盛り上げることができるか。午後4時からカトマンズの旧市街アサンで合同デモが出ることになっている。久しぶりのアサンでのデモ、もちろん何を置いても見に行くことにしている。
国王率いる政府は、このところ裏目裏目に出るようなことばかりをしている。最高裁での判決に従わずに、釈放された学生リーダーを大勢の報道陣の前で再逮捕したことしかり。ネパール弁護士連合をはじめとする国内外からの激しい非難の声に押された形で、この学生リーダー(ラジェンドラ・ライANNFSU前会長)は結局、20日に最高裁で‘再釈放’された。そして昨日、日刊紙「カンティプル」が、政府がメディア統制をさらに強化するための法改正を決めたことを報道した。18日に開かれた内閣の関連委員会会議で法改正案が通過したと同紙がスクープしたものだ。ネパール・ジャーナリスト連合は昨日のうちに、これに関する抗議声明を出したが、今日午後2時から、連合本部で各メディアのベテラン記者やネパール弁護士連合のシャムブー・タパ会長らが集まった‘対策会議’が開かれることになっている。これもまた、蜂の巣をつつく行為だ。メディアが黙っていると思っているのか。
午後2時すぎに空港近くにあるネパール・ジャーナリスト連合本部に行くと、本部前の庭で、ビシュヌ・ニシュトリ新会長が抗議の黒旗を上げているところだった。会合はまず、法改正の内容に関する説明から始まった。スクープ記事の情報源となった、閣僚会議での改正内容原稿のコピーが配られる。主なポイントは、FMラジオがニュース番組だけでなく、情報番組さえも放送できなくなること。一社に対してテレビ、ラジオ、発行(活字メディア)の3つのライセンスを出さないこと。(現在、3つのライセンスをもつメディアは1年以内に一つを返還すること。3つのライセンスを有する唯一の民間メディア、カンティプル・グループに対する措置であることが明らか。)“国王および王室メンバー”(これまでは“国王”のみだったが、これに“王室メンバー”が加わった。)を侮辱する内容のいかなるニュース・記事の報道を禁止すること。そして、禁じられているニュース・記事を報道した場合の罰金の額が、すべて現状の10倍以上に上げられたことだ。侮辱罪に関しては最高で50万ルピーの罰金、あるいは最高2年間の実刑が下されるとある。また、この法律を破った記者の記者証を剥奪することができるとする項目もある。
最初にコメントをしたジャーナリスト連合幹部の一人、シバ・ガウンレが「これは、ジャーナリストに対して心理的な脅しをかけて、メディアをコントロールしようとする試みだ」と話す。次に発言したタラナス・ダハル前会長は「2月1日に国王が演説をしているときから、最大の影響を受けるのはメディアであることはわかっていた。政府はまず、ジャーナリストを逮捕して脅しをかけてメディアを統制しようとしたが、失敗した。次に、政府広告を民間メディアに出さないという規則を出して、民間メディアを経済的に潰そうと試みた。それでも統制が利かないため、今度は法改正をしてコントロールしようとしたのだ」「これまでの“国王”だけでなく、“ラージ・パリバール(王室の人たち)”という表現を加えて、王室に関するあらゆる批判をメディアが報道できないようとしようとしている。つまり、法律でメディア批判から王室を守ろうとしている」と厳しく非難。「カンティプル」にこのスクープ記事を書いた本人のグナラジ・ルインテルは「政府の目的は、メディアというデモクラシーのピラー(柱)を壊すことにある」と話した。そして、ネパール弁護士協会のタパ会長は、「実は2ヶ月前に、この法改正に関する情報を得ていたが、こんなことを本当にするとは思ってもいなかった」と明らかにして、「議会ではとても通過することができない法律を、メディア界と相談することもなしに、国王の認可という形で実に簡単に通過させようとしている」と話した。そして、実際に国王の認可を得て公布される前にこそ、抗議運動と法的措置をとるべきだと、今後の出方に対するアドバイスをした。政府の意図は、タラナス・ダハルが言うように、まさに「あらゆる脅しが効かないメディアを法律で縛ること」にあるのだろう。しかし、この情報の時代に、そんなことが可能だと本当に思っているのだろうか。
会合を早めに失礼して、7政党の合同デモを見るためにアサンに向かう。3時15分にボタヒティに行くと、すでに「大量逮捕用」の大型トラックが止めてあり、大勢の制服警官が配置されていた。アサンに向かう道を歩き出すと、すぐにネパール会議派の古い知り合いに会った。彼と簡単な挨拶をして別れると、すぐにまた今度はネパール共産党統一マルキスト・レーニニスト(UML)の女性リーダーと会った。アサンにたどり着く前に、すでに10人以上の政党の知り合いに会う。これだけで、今日のデモにはかなりの人数が参加しているのだとわかった。アサンにはすでに大勢の政党リーダーや活動家が集まって、再会の挨拶やおしゃべりをする人たちで一杯だった。これまでのデモとは全く異なる様子である。今日のデモをコーディネートしているUMLのリーダーに聞くと、「今日は、デモ禁止域には行かず、アサン周辺だけをデモするのだ」と言う。3時半をすぎると、アサン・チョークの広場にはネパール会議派や共産党の大きな赤い旗がはためきだした。3時50分ごろには、スローガンをあげる人が出始めた。4時5分前になると、アサンからタメルのほうに向かってデモがスタートした。先頭をネパール会議派のハリボル・バッタライ元カトマンズ市長らがリードする。最初は「国会を復活しろ!」「デモクラシーに勝利を!」といったスローガンで始まったが、すぐに反国王のスローガンが上がりはじめた。ただし、党側から禁止されているのか、「共和制」の言葉をいれたスローガンはない。デモはかなりの規模だった。2千人から3千人はいるだろうか。2月1日直後の二桁単位の人数のデモとは隔世の感がある。7政党は2002年5月に解散された際の国会の90%以上の議席を占める。逆に見れば、これくらいの人数を集めなければ、面目が立たないとも言える。
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| 集会で「合同運動」開始を宣言するUMLのヨゲシュ・バッタライ | |
5時すぎ、自宅に戻ると、二つのニュースが入っていた。一つは、「プラカシュ・コイララを1年間党から除籍した」というネパール会議派からの声明ファックス。もう一つは、マオイストの党首「プラチャンダ」からのE−メールである。インドのヒンディー映画界の有名女優マニサ・コイララの父親プラカシュ・コイララ(ネパールの歴史上最も有名な政治家B.P.コイララの息子でもある)は、「政変」後、国王支持の発言をあちこちで明らかにしたことから、ネパール会議派内で「処分」を求める声が上がっていた。これに基づいて、今日、「除籍処分」を決定したわけだ。一方、プラチャンダの声明は、一昨日、王室ネパール軍がプラチャンダの会話を録音したテープを公開したことに関して、「古いテープを使って、(われわれを)陥れようとしている」とテープの内容を否定する目的のものだった。
王室ネパール軍は、一昨日開いた記者会見で、プラチャンダの録音テープと称するテープを公開したが、そのなかでプラチャンダは「インド政府がマオイスト本部に対話の申し入れをしてきた。これに対して、(マオイストは)インドの刑務所に拘留されている二人のリーダーの釈放を求めた。インド政府は一般党員にまで降格されたバブラム・バッタライの処分取り消しを条件に出してきた」と話していることが報道された。私もテレビのニュースでこの声を聞いたが、以前に一度だけBBCネパール語放送で聞いたことのあるプラチャンダの声と似ているような気もするし、これが偽物なのか本物なのか判断をつけがたい。ただ、このテープを公開したタイミングがどう考えても疑問である。ネパール政府外務省は、同じ日(20日)に、インド大使と英国大使を召還して、両国政府が7政党が合同民主化運動を開始することを決定したことを正式に歓迎したことを「内政干渉である」と遺憾の意を表明している。その直後というタイミングで、何か意図があるとしか思えない。実は、その前日に「gulfnews.com」というオンラインニュースで、マオイストの幹部、バブラム・バッタライとクリシュナ・バハドゥル・マハラがニューデリーでインドの共産党リーダーと会見したというニュースが流された。ニュースには、バッタライの処分が取り消されたとまで書いてある。どうしてもこの内容が信じられずに、インド人の友人の記者に聞くと、このエージェンシーがインドに信頼できる情報源を持っているとは思えないと言う答え。どうも誰かが何らかの意図をもって情報を流したとしか思えない。王室ネパール軍のプラチャンダ・テープ公開もそれと関係があるのだろうか。あるいは、民主化政党側を支持するインド政府に対する嫌がらせのつもりなのだろうか。
18日に「カンティプル・テレビ」が実に痛快な映像を放送してくれた。JICAのシニア・ボランティアの日本人元交通警官が、ナヤ・バネスワルの交差点で交通整理のデモンストレーションをしているときに、赤信号を無視して入ってきた武装警察隊のDIGが運転する車を止め、免許証の提示を求める一部始終の映像が放映されたのだ。赤信号無視を当然のことだとでもいいたいような無表情な顔で答えるDIGに向かって、彼は一般人に対するのと同じ仕方でライセンスの提示を求めた。しかし、驚いたことにDIGはライセンスを出そうとしない。無免許運転か、あるいは、持っていても見せる気がないのか。いずれにしても、観客はこの日本人の果敢な行為に喝采を浴びせていた。私も見ていて溜飲が下がる思いがした。「権威をもつ人(もっとも、権威が何なのかということさえもはっきりしていない)は何をしてもよい」という無法状態のなかで、まさに「権威を恐れない行為」、これにはネパール人でなくとも、見ていて喝采をしたくなる。ところが、ネパール警察は法を犯したDIGを罰せずに、この日本人に対して「街路に出ないように」と注意をしたと言う。今日の「カンティプル」紙の読者欄は、この警察の態度に怒るとともに、勇敢な日本人を褒め称え感謝する手紙ばかりで埋め尽くされた。私もこの日本人に感謝したい。
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| 22日、ネパール・ジャーナリスト連合本部での‘対策会議’。右からニシュトリ会長、ネパール弁護士連合のタパ会長、ジャーナリスト連合のダハル前会長。 | 22日の7政党合同デモ。旧市街を走るようにして進むデモ隊。 | スローガンを上げる政党活動家 |



