通信の切断、治安部隊の出動、反国王派の監禁・拘束など、混迷続くネパールからの現地リポート。
5月27日(金曜日)
ジョティシ(占星術師)の多くが「(ネパール暦の)ジェスタ月6日、つまり5月21日から国家の問題を解決するのに大変良い時期が始まる」と話していたが、まるでこの日を待っていたかのように、政界でいろいろなことが動き出した。まず、22日に7政党が合同運動を開始したことはお伝えしたが、その後、拘留されていた政党関係者が次々に釈放されている。25日には、最高裁の指示により釈放された直後に再逮捕された学生リーダー、ガガン・タパが最高裁の“再釈放命令”により“再釈放”された。昨日は、西ネパールにあるネパールガンジ市で拘留されていたネパール会議派のスシル・コイララ幹事長が、首都圏ではやはり“再逮捕”された学生リーダーのタクル・ガイレら3人が釈放され、全国で40人以上が釈放されている。今日の日刊紙「カンティプル」によると、政府は今日、さらに75人の政治活動家の釈放をすることを決めているといる。ただし、ネパール会議派のナラハリ・アチャルヤや人民戦線ネパールのアミク・シェルチャン党首、リラマニ・ポカレルなど、王制批判、共和制支持を明らかにしてきた政治家35人はまだしばらく拘留されるのだという。
占星術が生活に密着しているネパールでは、ジョティシの言うことが時に中央政治にも影響する。今回の政変後も、自ら予測がつかないためか、雑誌やテレビなどのメディアが人気のあるジョティシに国家の将来を予測してもらうという企画をやっていた。彼らの予測はいくつかの点で共通しているようだ。一つは、「5月21日から7月26日は、国家の問題解決のために非常に良い時期である。逆に、この時期を逃したら、状況はますます悪化する」ということ。もう一つは、「民主化勢力が勝利する」ということである。ジョティシの予測に従ってなのか、あるいはタイミングが合っただけなのか知る由はないが、王室が“変化”に向けて動き出したことを示す兆候が見え出した。まず、カトマンズ駐在のジェームズ・モリアティ米国大使が23日夜のBBCネパール語放送へのインタビューを皮切りにして、各種メディアに“見解”を公表した。BBCの内容も、25日に掲載された日刊紙「カンティプル」と英字紙「The Kathmandu Post」のインタビュー内容も、似通っている。モリアティ大使は「国王と政党が和解することを期待する」という見解を明らかにしているのだが、「近い将来、国王の側から政党への何らかの働きかけがあること」を示唆している。国王との会見を基にした見解発表と受け取れる。
そして、「今日27日に、ギャネンドラ国王がソルティ・ホテルで開かれるトリブバン大学の歓迎式典で重大な事を宣言なさる」という記事が昨日、日刊紙「ラジダニ」に掲載された。これがどういうことなのか、何人かの記者に聞いたのだが、詳細な情報を持っている人はいなかった。今日は午後2時半から、カトマンズ市内のナヤバネスワルで、7政党による合同集会が予定されている。集会では各政党の党首クラスが演説することになっており、政党側はその準備に余念がない。あるいは、盛り上がりを見せそうな政党側の運動を牽制するものなのか。いろいろ想像しても仕方がない。夕方になれば明らかになることだ。今日は国王が好む“金曜日”でもある。これも占星術と関係のあることなのかどうかわからないのだが、2001年6月の“王宮事件”が金曜日の夜に起こって以来、なぜか重要な出来事はたいてい金曜日に起きているのだ。2002年10月に当時のデウバ首相を解任して国王が直接統治を始めたのも金曜日。その後、国王がロケンドラ・バハドゥル・チャンダを最初の首相に任命したのも金曜日だった。あまりにも金曜日が続くので、「ジョティシが国王にアドバイスしたのだろう」とまで言われていた。今日もその金曜日である。
中央政界の動きとは別に、マオイストのほうも何だか騒がしい。25日にインドの新聞「Times of India」が、先日処分を受けたことで話題となったマオイストのトップ・イデオローグ、バブラム・バッタライがニューデリーで、インド情報局の仲介で現連立内閣に参加するインド共産党(マルキスト)のプラカシュ・カラト総書記と会見したと報道した。(今日の同紙記事によると、会見は5月11日に行われたという。)この数日前にオンライン・ニュースの「gulfnews.com」がこのニュースを報道したときには信用できなっかのだが、「Times of India」によると、どうもこのニュースは真実であったらしい。しかし、昨日になって、バッタライ自身とカラト総書記が声明を出して、「インド情報局の仲介で会見したこと」を否定した。バッタライ声明のほうを読むと、カラト総書記との会見そのものを否定してはおらず。「インド情報局の仲介」のみを否定しているようにもとれる。おそらく会ったことは確かなのだろう。「Times of India」の今日のオンライン版では、インドの情報局が会見に関連していたことも事実のはずだと主張している。今日発売の週刊誌「サマヤ」に、さらに詳細なレポートが掲載されている。それによると、最近開かれたマオイストの政治局会議で、バッタライの処分取り下げが決定されたというのだ。バッタライの降格により、党の弱体化が決定的になったという批判を党内外から受けて、マオイストのプラチャンダ党首は、バッタライの処分取り下げに同意せざるを得なかったのだという。処分が取り下げられたのであれば、バッタライがニューデリーでインドの共産党リーダーと会見したことは大いにありうる。
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| 周辺のビルにまで見物人があふれた | |
集会はUMLのヨゲシュ・バッタライの司会で始まった。2月1日直後から、官憲が追い求める活動家のリストのトップに名前があがっていたヨゲシュがマイクをとると、大きな歓声が上がる。ステージの前にはバナーを地面において、各党のリーダーが座っている。ステージには演説をする各党リーダーの分だけ椅子が置かれている。取材をする記者たちも皆、地面に座るか立ち見をするしかない。ヨゲシュの簡単な演説のあと、ネパール会議派のハリボル・バッタライ元カトマンズ市長、統一左翼戦線のC.P.マイナリ党首、ネパールサドバワナ党(アナンダ・デビ派)のバーラト・ビマル・ヤダフ、ネパール労働者農民党の党首ロヒット、人民戦線ネパールのチトラ・バハドゥル・アレ、ネパール会議派(民主)のゴパル・マン・シュレスタ党首代理、UMLのジャラナス・カナル、ネパール会議派のギリザ・プラサド・コイララ党首がステージに上がった。UMLのマダフ・クマール・ネパール総書記は韓国に行き不在だ。代わりに、ネパール総書記が自宅監禁中に総書記代理を務めたカナルが演説をする。
あまりにも日差しが強いために、友人の記者と共に後ろに下がって道端に座り込む。かなりの人ごみだが、後ろに立つ人影で日差しがさえぎられてちょうど良い。ステージの周囲にはカメラマンが群がって演説をするリーダーの姿が見えない。演説の内容も、皆、古いリーダーのせいか、それほど過激な発言もなく進んだ。ほとんどのリーダーが「国会の復活」、「全党内閣の発足」、そして新憲法を制定するための「制憲議会選挙」という“ロードマップ”に触れていた。運動のスローガンである「プールナ・プラジャタントラ(完全な民主主義)」という言葉にも触れるが、その具体的な内容を明らかにするリーダーはいなかった。UMLのジャラナス・カナルが政党の“過去の罪”について触れた。「民主化後の14年間、民主主義を制度化することができなかったこと。パンチャヤト時代に根づいた汚職体質をそのままにしただけでなく、パンチャヤト時代の汚職政治家やマリック委員会の調査で名前のあがった人たち(1990年の民主化運動弾圧に関わった人たち)を処分しなかったこと」は政党側の誤りだったと話す。そして、2月1日の政変以降の3ヶ月間に、マオイストに関連して600人が死亡したことに触れ、「治安が改善したなどという政府の主張は事実に反する。国王は王制を残したいのなら独裁政治を捨てるべきだ」とした。最後にステージに立ったコイララ党首は、暑さのせいか少々弱々しく見えた。来週、健康診断のためにニューデリーに行くと聞いているが、84歳の老体だ。しかし、コイララ党首は冒頭から「国王は必要ないという権利が国民にはある」と話して、喝采を浴びた。「完全な民主主義を取るか、共和制を取るか、国王は自分で決めるべき」だと話し、そして、「これは自分の人生で最後の闘いだ。自分のように年をとった人間が民主化のための運動をしなくても良いように最後まで闘う」と、これまでにも何度か使った表現でこの運動に命をかけていることを明らかにした。
集会は5時近くまで続いた。タクシーが捕まらずに、歩いていくと、知り合いのある民族系団体の学生リーダー2人に会った。2人とも政党には属していないが、集会を見に来たのだという。彼らが属する民族系団体の幹部たちは“政変”後に国王支持を表明したが、自分たち学生らはそれに不満なのだと言う。ヒンドゥー教の“独裁”に反対する彼らも、新憲法を制定するための制憲議会選挙を支持している。制憲議会選挙は、もともとマオイストが掲げている要求だが、7政党が正式に“ロードマップ”の目標点に置いたことで、少なくとも両者が歩み寄る素地ができたことになる。
自宅でE−メールを開くと、またしてもマオイストのプラチャンダ党首からの声明が届いていた。内容を見ると、驚いたことに、インド共産党のリーダーとの会見を認めるものだ。「政府も含めたさまざまな政党の考えを探るために、クリシュナ・バハドゥル・マハラとバブラム・バッタライを派遣した」とある。ここ数日、騒ぎになっていたバブラムとインド共産党のカラト総書記の会見を認めたことになる。それにしても、「隠す」よりも「暴露」したほうが党のためという戦略なのだろうか。バブラムが会見を否定した翌日の声明である。一体、どうなっているのだろう。バブラムとプラチャンダは、どうやら別々に声明を出してあっているらしいことがわかるが、これでは党内の混乱を外に暴露しているようである。
午後8時すぎ、友人の記者から、午後10時15分のネパールTVのニュースで、国王の演説が放送されると聞く。一体、どんな“重大宣言”がされるのだろうと見ていたが、内容はとんでもないものだった。トリブバン大学の職員の歓迎式典で行われた演説だが、最後のほうで、「テロから民主主義を守ること。汚職をコントロールすること。公的資産を悪用しないこと。選挙に参加すること」に関して政党側にコミットメントを求めているだけだった。まるで肩透かしの“重大宣言”である。あるいは、このあとに国王のほうから何か具体的な働きかけがあるのだろうか・・・。
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| 各党の旗で埋まった集会場 | ステージのリーダーたち。右からハリボル・バッタライ、ギリザ・プラサド・コイララ、ジャラナス・カナル、ロヒット、バーラト・ビマル・ヤダフ |


