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速報
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ネパール 非常事態宣言! 小倉清子の緊急手記 第23回(05/06/12)
 2月1日、ギャネンドラ国王が非常事態宣言を発し、全権を掌握したネパール。国際電話、インターネットなどの通信は遮断され、カトマンズ在住の小倉清子との連絡も途絶えた。2月8日、ようやく通信が復活。
 通信の切断、治安部隊の出動、反国王派の監禁・拘束など、混迷続くネパールからの現地リポート。


 暑い日が続いている。この10日間、中央でも地方でもさまざまなことが起こった。このところ多忙をきわめ、なかなかすべてのプログラムをフォローできないため、この10日間に起こったことを簡単にまとめたい

5月29日(日曜日)
 情報通信省が一昨日、ラジオ番組の制作会社「コミュニケーション・コーナー」に対して、「違法に運営されている」ことを理由に突然、閉鎖命令を出したが、ネパールジャーナリスト連合とFMラジオの経営者・記者らは今日から合同で抗議運動を始めることを決定した。今朝、最初の合同デモを行った。「コミュニケーション・コーナー」は各地のFMラジオなどにニュース番組やインタビュー番組を制作して配信する仕事をしてきた会社で、私も2度インタビューを受けたことがある。最初のインタビューは1990年の民主化運動に関するもので、2度目は昨年4月に民主化運動に関する拙著のネパール語版を出版した直後に、当時、進行していた5政党の街頭運動に関する意見を聞かれた。同社が製作する番組は、全国のFM局を通じて幅広く聞かれており、地方に行ったときに、私のインタビューを聞いたと言われたことが何度かあった。ネパールのFM局はコミュニティー・ラジオとして、ニュースを含めたさまざまな情報を伝えるメディアとして活躍してきた。2月1日の政変以後、国王率いる政府はFMラジオに対して、ニュースや政治に関する番組を放送することを禁止しているが、今回のコミュニケーション・コーナーに対する閉鎖命令は、一連の報道規制強化につながるものだ。その後、同社は最高裁に閉鎖命令の解除を求める訴訟を起こし、最高裁は情報通信省に対して閉鎖命令の取り消しを命令する判決を下した。同社はちゃんと政府に登録をし、合法的に運営をしたきた会社である。「違法であるから」と閉鎖命令を出した側が「違法」とされたわけだ。それにしても「法を無視した」政府のやり方は愚かとしか言いようがない。


5月30日(月曜日)
 政府は2001年のナラヤンヒティ王宮虐殺事件当時、王室ネパール軍の参謀長だったプラズワラ・シャムシェル・J.B.ラナ元将軍をフランス駐在大使に任命した。同時に、国連大使にもクリシュナ・ナラヤン・シン元将軍の起用を決めた。先日は、Zoneレベルの行政長官である「Zonal Commissioner」に元軍人1人と元警官1人を起用している。行政のなかに軍関係者を徐々に浸透させていき、行政機関の中まで軍の影響力を強める意図なのだろう。地方では、内務省が派遣する役人のCDO(郡行政長官)が、郡庁所在地に駐屯する軍の士官に抑えられているとも聞く。民主化運動を進める政党側は「長期戦だ」などとのんびりしたことを言っているが、その間に、目に見えないところで軍の行政に対する干渉が強まっている。

 BBCネパール語放送で、降格処分にあった話題のマオイスト、Dr.バブラム・バッタライが長い沈黙を破ってインタビューに答えた。しばらく前からニューデリーに滞在しているバッタライは、当地でインドの政党リーダーやネパールの政党関係者とすでに会見したことを認めた。ネパールの政党関係者との会見の目的に関しては、「民主的共和制の確立」を共通アジェンダとして、7政党とともに民主化運動を進める可能性を探るためだと答えた。BBCのインタビュアーが「制憲議会選挙で、マオイストが望まない結果が出たら、マオイストはそれを受け入れるのか」と聞くと、バッタライは「受け入れる」と答えたが、BBCの「これまでマオイストは自分に反対する人を殺害するなど、反対派を受け入れない方針をとっているように見られるが、本当に受け入れるのか」という再度の質問に対して、バッタライは「殺された人にはそれなりの理由があったから」などと、あいまいな答えしか返すことができなかった。

6月2日(木曜日)
 昨日は、当時のビレンドラ国王一家5人全員を含む王族10人が亡くなった「ナラヤンヒティ王宮虐殺事件」の4周年だった。ネパール暦では今日が「ジェタ月19日」で、1日ずれた記念日となる。去年も一昨年もそうだったが、あれだけの事件であったにもかかわらず、この日には目立った行事が催されることもない。故ビレンドラ国王の人気を考えると不自然なほどである。

 日刊紙「カンティプル」が、このあいだ釈放されたばかりの、ネパール共産党統一マルキスト・レーニニスト(UML)のバムデブ・ガウタム元副首相が、ネパールガンジからバルディヤを通って、インドのラクナウに向かったとするニュースをすっぱ抜いた。お供を1人だけ連れた“極秘行”で、飛行機でネパールガンジに着いたあと、すぐに車でインド側に入ったという。現在、ニューデリーを舞台に進行しているマオイストのリーダーとの会見に行くのだと同紙は憶測している。ガウタムはUMLが一度、UMLとMLに分裂した際、MLを率いたリーダーで、このMLからはとくに多くの学生活動家が後にマオイストに転向している。現在のUMLのリーダーのなかでも、マオイストとの接触点が多いリーダーだ。午後には、今度はUMLのもう1人の幹部ジャラナス・カナルが、ニューデリーに行こうとしてインド航空の飛行機に搭乗しようとしたところを、トリブバン空港で治安部隊に阻止された。カナルは「健康診断のため」にニューデリーに行く予定だったと言っているが、それが表向きの目的であることは明らかだ。のちに、ガウタムはラクナウを経由してニューデリーに行っていたことがわかった。ガウタムは、ニューデリーで会った記者に対して、彼もカナルもインドの政党リーダーと話し合うことを目的にUMLが送ったものであることを明らかにした。しかし、ガウタムは「ネパール側のバルディヤで地元のマオイストと会った」ことは認めたが、インド側でマオイストのリーダーに会ったことは否定している。外国の地でインターポールが指名手配しているマオイストのリーダーと会うとは、公の場で言えるものではない。真相は彼がネパールに戻ってから明らかになるだろう。


6月3日(金曜日)
パタン旧王宮広場で開かれた「模擬国会」に集まった7政党の元国家議員たち
雨のなか、国会の開会を宣言するヤダフ国会副議長
 午後4時から、パタンの旧王宮広場で民主化運動を進める7政党が“街頭国会”を開催することになっている。2002年5月に解散された国会に議席を置いていた7政党に属する議員たちが集まって、模擬国会を開くものだ。2年前にやはり反国王の運動が盛り上がっていたとき、こうした模擬国会が開かれ、そのなかで元議員たちが行った演説がとても面白かったので、今日は何をおいてもこのプログラムを見に行くことにした。開始時間直前に行くと、パタンのクリシュナ・マンディルの前にステージが作られ、その前に置かれたたくさんの椅子にすでにほとんどの“議員”が集まっていた。周囲の古い建物に赤い党旗がはためき、2001年9月にマオイストがこの同じ場所で大集会を開いたときのことを思いだす。ステージの左手には、実際の国会と同じようにして「報道関係者」用の椅子が置かれている。一つだけ空いていた椅子に座ると、まもなく各政党のトップたちが次々と到着した。ステージの上にさらに一段高くなった台に置かれたテーブルには、チトラ・レカ・ヤダフ国会副議長が座る。清楚な白地に黄色の混じったサリーが、夏らしくかえって人目を引く。今日の“国会”には、上院の19人と下院の132人の計151人が集まった。7政党はタラナス・ラナバト国会議長に議長の役を頼んだが、すっかり“ラジャバディ(国王派)”に成り下がったラナバト議長はこれを断った。ヤダフ副議長は、開会の言葉のはじめで、まず、議長が出席を断ったことに触れ、やんわりと彼を非難した。ヤダフ副議長の言葉が終わらないうちに、雨が降り出した。しかも、かなり強い雨である。ステージの上に張られた天幕はほとんど役に立たず、縫い目からどんどん雨が落ちてくる。“青空天井”の下にいた国会議員たちは、傘をさすこともなく、椅子から立ち上がって雨を逃れにいくのでもなく、ほとんどが濡れるまま座っている。大雨にも動じないその様は、むしろ堂々として頼もしくもあった。ステージでは、雨が降るなかを、びしょ濡れになりながら、ネパール会議派の若手リーダー、マヘシュ・アチャルヤが今日の議会で可決される動議を読み上げている。動議の内容は、先日、7政党が決定した共通アジェンダである「国会の復活、全党内閣の発足、そして、その後、制憲議会選挙の実施を含めた民主的プロセス」と、「絶対を王制を廃止し、完全な民主主義を確立する」など、「民主主義と平和のため」の13のポイントからなるものだ。30分ほどで雨はおさまったものの、コイララ党首は具合が悪くなったらしく、途中で席を立って帰ってしまった。演説をしたのは若手政治家がほとんどだったが、フランス革命時の“テニスコートの国会”を引用して、「共和制要求発言」が次々と出た2年前の“特別国会”ほど過激な発言はなかった。最後にネパール労働者農民党の党首“ロヒット”が短い演説をして終わった。演説の内容はともかく、今日の模擬国会は開催したことに意味がある。


6月4日(土曜日)
 今回の民主化運動の“ヒーロー”的存在となっているシャムブー・タパ会長率いるネパール弁護士連合が、今朝、「デモ・集会禁止域」を破ってデモを決行した。7政党や学生でさえ、「禁止域」を避けてデモや集会をしているなか、彼らの思い切った行動には喝采を送りたい。さらに、タパ会長は、昨日から2日間にわたって開かれた同連合総会で、「現政府は違法である」と言い切った。タパ会長は、今のネパールでまちがいなく最大の発言力をもつ人物の1人である。同連合はこの総会で「2月1日に国王が絶対権力を掌握したことは憲法の極端な侵害である」、さらに、「国民の代表からなる議会を通じてではなく、国王の認可により法を破棄したり修正したりする行為はすぐに止めるべきだ」「汚職統制王室委員会は違法に発足したものだ」「Zoneレベル、Regionレベルの行政長官の任命も法に反するものだ」と国王および、国王率いる政府を非難する動議を可決した。政府の閣僚や国王は、政党に対して「違法な行動をとるな」と非難する発言を頻繁にするが、違法な行為をしているのが国王や政府のほうであることは、法律の専門家でなくともわかる。この弁護士連合のデモの翌日、トゥルシ・ギリ副首相は「(弁護士は)街頭で国会復活を要求せず、法的な方法をとれ」と発言したが、タパ会長はこのギリ発言に対して、「法に反しているのは政府のほう。ギリ副首相は法律を何も知らない。弁護士連合が法律を教えてやろう」とやり返した。どう考えても、タパ会長の言うことに道理がある。就任直後の記者会見で「ネパールの現憲法の制定年度も知らない」と平気で発言するようなギリ副首相に勝ち目はない。


6月6日(月曜日)
 またしても、悲惨な事件が起こった。チタワン国立公園に近いチタワン郡カリヤンプル村で、今朝、150人もの乗客が乗ったバスがマオイストが仕掛けた地雷にかかり、38人が死亡、72人が負傷した。犠牲者のなかには、3人の治安部隊が含まれていた。バスには12人の治安部隊が乗っており、マオイストは彼らをねらって犯行に及んだものと容易に想像がつく。地雷はマオイストがよく使う、地面に爆発物を仕掛けて電線を引き、車が通ったところを遠隔装置でスイッチを押して爆発させるものだ。待ち伏せ地雷で、これだけ大勢の民間人の被害者が出たのははじめてである。テレビのニュースで映された映像を見ると、小さな子供の犠牲者が多い。バスは枠だけを残して全壊状態である。しかし、この襲撃には一体、どんな意味があるというのか。ゼネストが計画されているわけでもない。こんな無意味な襲撃は彼らのイメージを壊すだけだということがわからないほどに、マオイスト内部は腐っているのだろうか。


6月7日(火曜日)
 マオイストが党首プラチャンダの名前で昨日のバス爆破に関する声明を送ってきた。「重大な誤りだった」と、犯行がマオイストによるものであることを認めている。犯行に関わったマオイストはすでに処分して党を除籍したと声明にはあるが、やってしまってから「申し訳ない」ですむ問題ではない。マオイストはこれまでにも同じような「誤り」を犯し、その後、声明を通じて謝罪をすることがよくあった。昨年、西ネパールのダイレク郡で殺害されたジャーナリストのケースも、拉致して殺害したあとで、国内外からの強い非難の声に押される形で“謝罪声明”を出した。昨日の事件に関しては国内外の機関から強い非難の声が上がっている。彼らにとっては大きなダメージとなるはずだ。ニューデリーで進行している7政党とマオイストとの話し合いにも影響が出ることが必至だ。懸念されるのは、現政府がこれを利用して、さらなる軍事強化、海外からの軍事援助要求につなげようとするのではないかということだ。

 昨日は西ネパールのカイラリ郡でもマヘンドラ・ハイウェー沿いで治安部隊とマオイストの交戦があり、治安部隊14人と民間人1人が死亡している。民間人の犠牲者は、たまたま通りかかったバスの乗客だった。ハイウェーで交戦に巻き込まれるケースもまた、このところよくあるパターンだ。マオイストの武装闘争が平野部に広がるに連れて、襲撃や銃撃戦に巻き込まれて犠牲となる民間人の数が増えている。5月8日の夜に起こったシラハ襲撃では、10人の民間人が死亡した。このうち、1人はやはり通りかかったバスに乗っていて弾が当たり死亡したものだ。他の9人は全員が空襲や交戦に巻き込まれて犠牲となった。この襲撃に関しては、ダリットのジャーナリストからなるジャガラン・メディア・センターが現地に調査団を派遣しており、その内容が先日、公表された。バスの乗客の犠牲者以外の9人はなんと、全員が家のなかにいて弾があたり死亡している。5歳と8歳になる兄弟も犠牲となった。調査によると、9人のうち5人はヘリコプターからの空襲による死者だ。マオイストは「民間人を犠牲にする意図はない」というが、集落に囲まれた治安部隊のキャンプを襲撃すること自体、すでに、民間人を巻き込んでいることになる。治安部隊側も、こうしたやり方をみると、ほとんど「所構わず」に弾を落とすのではないかと疑われる。

 マオイストが原因で自分の村に住めなくなった“国内難民”が結成した「マオイスト被害者の会」の人たちも、悲惨な状況に変わりはない。住むところもなく、生活を支える仕事もなく、収入もない彼らは、しばらく前からカトマンズの中心部にあるクラマンツにテントをはって野宿しながら、政府に対して援助を求める運動を続けてきたが、先日、灯火デモをしようとして逮捕され、クラマンツのテントも撤収されてしまった。先週は毎日のように、彼らがデモをしては逮捕される様子が伝えられた。逮捕されながら、泣き叫ぶ子供や女たちの写真が一面を飾っても、誰も彼らに手を差し伸べる人も機関もない。それにしても、現政府が彼らを扱うやり方はあまりにも冷酷だ。王室ネパール軍は今年7月半ばから始まる次年度財政年度で、今年の2倍を越える180億ルピーの軍事予算を要求しているという。財務省は、付加価値税を現行の13%から15%に上げる準備をしているというニュースもある。昨年末に10%から13%に大幅値上げしたばかりである。マオイストの被害者を援助する金はなくとも、武器を買うためには国民の税金を上げることも平気で行う。絶対王政下にあるからこそできることだといえる。


6月8日(水曜日)
 ネパール弁護士連合につづいて、ネパール・ジャーナリスト連合が今日午後4時、「デモ・集会禁止域」でデモをすることを決めた。4時ちょうどにブリクティマンダプに行くと、すでに、バナーをもった大勢のジャーナリストが集まっていた。目の前にはマヘンドラ・ポリス・クラブもあり、大勢の警官隊が「逮捕用」のブルーのバンを何台か止めて、「デモはさせない」体制をとっていた。4時ちょうどにバナーをもって道路に向かうゲートのほうに向かおうとすると、警官隊はゲートを閉めてデモ隊を出させない戦略をとった。ジャーナリストたちは1人しか出入りできない小さなゲートから外に出ようとするが、そこには警官がいて、出る人を次々にバンに送り込んだ。こうして、15分ほどのあいだに同連合のビシュヌ・ニシュトリ会長を含む50人以上のジャーナリストが逮捕され、マヘンドラ・ポリス・クラブに連れて行かれた。夜の民間テレビはこれを大きなニュースとして取り上げた。逮捕された51人のジャーナリストは警察側が出した食事を拒否したとも伝えられた。彼らは翌朝、18時間後に釈放されたが、これからも同様のプログラムを続けるとしている。弁護士にしてもジャーナリストにしても職業人の抗議プログラムは、政党のものよりも規模は小さいが“団結”を強く感じさせる。いずれにしても、今は「継続することが一番」の段階にある。


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