おそらく、2月1日の政変以降初めて、デモ・集会禁止域に指定されているロイヤル・アカデミー前の通りで共和制要求のスローガンが上がった。大きな声で「ラジタントラ・ムルダバード!(王制打倒!)」「ガナタントラ・ジンダバード!(共和制に勝利を!)」と叫んだのは、他の誰でもない。ネパール会議派の学生組織NSUの前幹事長ガガン・タパである。ガガンは、2002年10月4日に国王がデウバ首相を解任して最初のクーデターを決行したあとにも、同年12月の“パンチャヤト記念日”に真っ先に共和制要求の声を上げて逮捕され、話題の中心となった。2月1日政変後にも潜伏先で逮捕され、最高裁による釈放命令により釈放された。
今日は午後1時から、民主化運動を進める7政党の2002年5月に解散された国会に議席をもつ議員が集まって、ロイヤル・アカデミーのホールで“模擬国会”を開くことになっていた。7政党は前もってホールに利用届けを出して料金を払っていたのだが、官憲当局はアカデミーの門を閉鎖して、集まった人たちを中に入れなかった。そのうち、ネパール会議派のギリザ・プラサド・コイララ党首ら各党の党首が現われ、警官と話しをしたが、結局、当局側は門を開けず、チトラ・レカ・ヤダフ前国会副議長が「1週間後に次の議会を開くこと。明日、記者会見を開くこと」を宣言してプログラムを終えた。このあと、集まった人たちは「(デモ・集会)禁止域でデモをするぞ」と宣言し、ポタリサラクのほうにデモを繰り出した。デモ隊は、ポタリサラクでしばらく警官隊ともみ合いになったが、両者ともにすぐに離れ、デモ隊もアカデミーのほうに戻りだした。ところが、ガガン・タパが突然、共和制支持のスローガンを叫びだすと、20人くらいの学生たちがガガンに続き、アカデミーのほうに再びデモを始めた。もっと大勢の人がこれに続くかと思ったのだが、大勢の警官隊を目の前にして、ガガンらが叫ぶ過激なスローガンに、周囲にいた政党関係者やメディア関係者までもが、あっけにとられた様子で、誰もあとに続かない。カメラマンまでもが写真を撮るのをためらっているように、遠くから眺めているだけだった。7政党の共和制要求に対する‘ためらい’がうかがえるような出来事だった。
今日開かれる予定だった“模擬国会”では、16日に発表された今年度予算案や、マオイストからの対話呼びかけに関する問題など、さまざまな重要事項が議論されることになっていた。国王率いる政府は14日夜の内閣拡大と、治安維持費が全予算の15%にも及ぶ予算案を打ち出して、相変わらず強硬姿勢を崩していていない。14日に新しく内閣に加わった閣僚の顔ぶれを見ると、国王が政党側と妥協する意図が皆無なのが明らかだ。まず、1990年の民主化運動当時に内務大臣を務めていた‘ハードライナー’のニランジャン・タパが法務大臣に、1987年にジャーナリストのパドマ・タクラティ暗殺未遂事件で首謀者の一人として有罪となり、刑期を務めたジャガト・ガウチャンも入閣した。犯罪者が大臣に任命されたわけだ。さらに、政変後に「国王支持」を積極的に表明してネパール会議派から除籍処分にあったプラカシュ・コイララが環境・科学技術大臣に任命された。コイララはインド映画の有名女優マニサ・コイララの父親で、ネパールの歴史上最も有名な政治家B.P.コイララの息子でもある。今回の彼の入閣が国王支持への‘ご褒美’であることは明らかだ。ネパール共産党統一マルキスト・レーニニスト(UML)の元リーダーでやはり国王派に転じて‘ご褒美入閣’を果たした閣僚も、サリム・ミヤ・アンサリなど3人いる。アンサリはパキスタンとの関係が噂されるなど、いろいろと問題の多い政治家でもある。この内閣改造で、国王は政党側との歩み寄りの可能性を完全にシャットアウトした。
![]() |
|
| 7月19日、ロイヤル・アカデミー前で演説をするチトラ・レカ・ヤダフ前国会副議長と左手にネパール会議派のコイララ党首。 | |
![]() |
|
| 19日、共和制要求のスローガンを叫ぶ学生リーダーのガガン・タパ(白いTシャツ) |
政府は16日にネパール暦2062/2063年度の予算を発表した。予算総額1268億ルピーのうち国防予算として190億ルピーが計上された。これはGDPの4%、全予算の約15%にあたる。治安維持費としては、前年度、計上予算147億ルピーのほかに枠外の追加予算30億ルピーが計上されており、今年度も同様の追加予算が計上されるものと予測されている。王室予算も前年度に比べて10%以上の増加となった。ラナ財務相は治安維持費、王室予算ともに「人件費増加」を予算を増やした理由としているが、国王率いる政府がマオイストの問題を対話を通じてではなく、武力解決をする意図であることが明らかな予算だ。一方で、教育分野やインフラ整備などの社会的分野での予算はほとんど増やされていない。英字紙「The Kathmandu Post」は、ここ4年間の国防費大幅増により、ネパールが「スリランカ型予算」になったことを懸念していた。一方、歳入のほうは、経済悪化や2月1日政変後の海外援助金の減少にもかかわらず、前年度歳入の13%増となっている。経済の専門家はこの予算を「実現不可能な予算」であると批判している。
政府が、また問題のある法律を国王の認可により通過させる計画であることを「カンティプル」紙が伝えた。人権関連NGOを取り締まる目的で、「社会福祉評議会法」の改正を進めていることが明らかになったものだ。新しい法律によると、NGOが政治的プログラムを開催することが禁止されるほか、海外からの援助を得る場合には前もって政府の同意が必要となる。さらに、NGOは「テロリスト指定」された個人や団体と関係をもつことが禁止されるなど、多くの「禁止事項」がNGOに対して適応されることになる。国内外での現政府に対する人権批判を取り締まる目的であることが明らかだ。
マオイストの党首プラチャンダが18日にE−メールを通じて声明を送ってきた。このなかで、1月末に降格処分を受けた党内のトップ・イデオローグのDr.バブラム・バッタライが以前のポストである常備委員会メンバーに返り咲いたことを明らかにした。バッタライとともに処分されたバッタライ夫人のヒシラ・ヤミとディナナス・シャルマも、元の地位に戻って政治局メンバーとなった。プラチャンダが民主化勢力の7政党に「対話チームの結成」を呼びかけた直後に、元々‘対話解決派’として知られるバッタライが幹部として返り咲いたことには大きな意味がありそうだ。あるいはマオイストは7政党との共闘を本気で考えているのかもしれない。しかし、7政党のほうは、マオイストの呼びかけに慎重な態度を崩していない。UMLの幹部ジャラナス・カナルは18日に開かれた7政党の合同会議のあとに、「マオイストとわれわれのあいだには、まだ海ほどに深い溝が横たわっている」と、マオイストが7政党の信頼を得るためには、さまざまなハードルがあると話している。両者の話し合いも簡単に進むとは思えない。
16日土曜日、カトマンズの郊外にあるトリブバン公園で開かれたあるプログラムに招待された。ロルパ郡やルクム郡出身のマガル族が毎年、ネパール暦の「サウン1日」に祝う「サウン・サンクラティ」という祭りだ。マオイストの取材を続けるなかで、私はマオイストのルーツともいえるこの地域のマガル族に大変興味を持つようになった。ここ1,2年は、マオイストの人民解放軍中部師団の指揮官“パサン”や東部師団指揮官の“アナンタ”の出身地であるロルパ郡の歴史や文化も含めて、マオイストがなぜこの地域で生まれたのかをテーマにした取材をしている。1月半ばの「マーゲ・サンクラティ」と7月半ばの「サウン・サンクラティ」はこの地域のマガル族最大の祭りだ。「マーグ1日」から使用が禁止される伝統的な楽器に、「サウン1日」の日にプザをして、再び使えるようになる。そのため、この日は楽器を鳴らして、さまざまな伝統的な踊りを楽しむ習慣だ。この日は朝から雨模様だった。1時間ほど予定の時間に遅れてトリブバン公園に着くころには、かなり強い雨が降り出した。それでも、公園内にある屋根付きの会場には大勢のマガルの人たちが集まっていた。女性たちはたいてい民族衣装を着ている。その場の‘長老’が楽器にプザをしたあと、女性たちが作ってきた祭りのご馳走のコンペティションが始まった。ご馳走の中心は小麦粉を揚げて作った動物や飾り物など、さまざまな形の‘ロティ’である。ロルパ郡特産の大麻の種で作ったアチャールもある。このあと、3種の踊りが披露された。女装した男性とデウタ、ジョギらが踊る「シンガルク・ナツ」、戦いの激しい踊り「サランゲ・ナツ」、そして、静かな「パイシャリ・ナツ」である。後者二つは昨年ロルパに行ったときに、存分に観賞した踊りだ。踊りが終わり、ご馳走を食べていると、マガル族の祭りで見られるもう一つの‘行事’である殴りあいの喧嘩が始まった。彼らと共にいると、マオイストのリーダーたちはロルパやルクムのマガル族を本当によく利用したなと思い知る。東ネパールのライやリンブー族についてはあまり知識がないが、私の知るかぎり、肉体的・精神的にロルパのマガル族ほど戦闘に向いた民族はネパールにはいないとつくづく思う。
![]() |
![]() |
![]() |
||
| 16日のマガル族の祭りで、楽器にプザをする | 動物の形や人の形をしたロティとコンペティションに出された料理 | ロルパ、ルクムのマガル族の伝統的な踊り「シンガルク・ナツ」。女装した男性とデウタ役の男性 |




