ギャネンドラ国王による絶対王政に抗議して、ようやく市民社会が立ち上がった。といっても一般市民というわけではないが、政党とは関係のないDr.ディベンドラ・ラジ・パンデ元大蔵省次官や著名な人権活動家のクリシュナ・パハリらの知識人・市民が組織する「民主主義と平和のための市民運動」というグループが今日、初めて街頭デモを行ったのだ。Dr.パンデらは2月1日の政変直後から、各界の知識人を集めて、民主化運動にどう参加すべきかの議論を続けてきた。非常事態宣言発令下に極秘で開かれた会議に、私もオブザーバーとして一度だけ参加させてもらった。知識人の机上の空論のような議論に少々うんざりした私は、「一体いつになったら、街頭に出るのだ」と彼らをけしかけるような発言さえした。あれから何ヶ月かたって、彼らもようやく街頭に出る決心をしたようだ。
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| デモの前列に並ぶ、パドマ・ラトナ・トゥラダル氏(右)、Dr.ディベンドラ・ラジ・パンデ(中)、クリシュナ・パハリ(左の黄色いシャツ) | |
午後4時ちょうどになるとデモ隊はスローガンを上げながら、ラトナ公園のほうに向けて進みだした。しかし、すぐに警官隊に阻止され、身動きがとれなくなった。クリシュナ・パハリとトリブバン大学のクリシュナ・カナル教授が道路に寝転び、その回りをデモ隊が囲んでさらに激しいスローガンを上げだす。興味深いことに、「プラジャタントラ(民主主義)」というスローガンをあげる人はおらず、全員が意識したように「ロクタントラ(民主主義)」という言葉を使っている。「国王の臣民」という意味をもつ「プラジャ」という言葉を含んだ「プラジャタントラ」は、もはや使用すべきでないという意見が知識人のあいだで広まっている。間接的に「王制」を否定する言葉だといっていい。1990年の民主化運動のときには「プラジャタントラ・ジンダーバード!」というスローガンだったが、今日のデモ隊は皆「ロクタントラ・ジンダーバード(民主主義に勝利を!)」というスローガンをあげている。警官隊のラインを突破しようと、寝転んでいたパハリらが立ち上がり、前進しようとした。しかし、警官隊はまずDr.パンデとトゥラダル氏を逮捕してバンのなかに入れ、パハリ氏、「HIMAL」編集長のカナク・マニ・ディチット氏、「ムリヤンカン」編集長のシャム・シュレスタ氏、人権活動家のマッラ・K・スンダル氏の6人が次々に逮捕された。 このあとも、しばらくのあいだ警官隊とデモ隊のあいだの押し合いが続いた。スローガンはますます激しくなり、「ギャネ・ツォール、デシュ・ツォール!(泥棒ギャネンドラは国から出て行け!)」、「ガナタントラ・ジンダーバード(共和制に勝利を!)」といったスローガンがあがる。しばらくして、人権NGOのスボドゥ・ピャクレル代表が「インドラチョークに向かい、そこから(禁止域の)ニューロードに行こう」と叫ぶと、デモ隊は反対方向に向かってデモを始めた。ネパール会議派の学生リーダー、ガガン・タパが先頭で「ギャネ・ツォール、デシュ・ツォール!」、「ガナタントラ・ジンダーバード!」というスローガン繰り返してあげる。インドラチョークに着いだところで、まるでデモが終わるのを待っていたように小雨が振り出した。雨はすぐに大降りの雨となった。そのため、医学者で文学者のDr.マヘシュ・マスキーらが簡単なスピーチをして、「市民の運動はこれからも続く」ことを宣言しプログラムは終わりとなった。
1990年の民主化運動も、政党が運動を盛り上げることができずにいるときに、Dr.パンデらの医師、大学教員らが率いる知識人が立ち上がり、運動の成功に大いに貢献した。今回の民主化運動がどういう展開になるか。今日のデモ隊に参加した人たちを見るかぎりでは、絶対王政を廃止するまでは「ひるむつもりはない」という強い意志とエネルギーが見られた。
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| 警官隊に逮捕されるDr.パンデ | 道路に寝転ぶパハリ氏(中)とクリシュナ・カナル教授(その右)、マヘシュ・マスキー医師(右) | スローガンを上げるデモ隊 |
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| 警官隊に阻止されるデモ隊 | 共和制支持のスローガンをあげるガガン・タパ | プラカードをもつ作家のカゲンドラ・サングラウラ氏 |






