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速報
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ネパール 非常事態宣言! 小倉清子の緊急手記 第30回(05/08/07)
 2月1日、ギャネンドラ国王が非常事態宣言を発し、全権を掌握したネパール。国際電話、インターネットなどの通信は遮断され、カトマンズ在住の小倉清子との連絡も途絶えた。2月8日、ようやく通信が復活。
 通信の切断、治安部隊の出動、反国王派の監禁・拘束など、混迷続くネパールからの現地リポート。



8月5日(金曜日)
 7月25日の「ラトナ公園デモ」に引き続いて、知識人やさまざまな職業の人からなる市民グループ「平和と民主主義のための市民運動」が街頭プログラムを開催した。2月1日政変以後、絶対王政に反対して開かれた初めての市民集会である。会場は、ナヤバネスワルにあるビレンドラ国際会議場の西側にある広場。予定開始時間午後3時の15分ほど前に行くと、まず、今日の集会の司会を務めることになっている左翼系月刊誌「ムリヤンカン」編集長のシャム・シュレスタ氏に会った。集会のスケジュール表を見せてもらうと、9人もの演説者の名前が並んでいる。今日の集会の目玉の一つは、反国王の過激な詩で有名になった詩人シュラワン・ムカルン氏が詩の朗読をすることだ。会場では、すでに道路の真ん中にステージのセットアップが終わり、主催者のDr.ディベンドラ・ラジ・パンデとDr.マトゥラ・プラサド・シュレスタが雑談をしているところだった。両者とも、1990年の民主化運動時に知識人・職業人を率いて運動を盛り上げた張本人である。Dr.パンデはパチャヤト時代に財務省次官まで務めた高級官僚だったが、パチャヤト政策に反発して辞職した経歴をもつ。Dr.シュレスタは90年民主化運動当時、ティーチング病院の教授を務めていた。2人とも、民主化運動での貢献が認められて、民主化直後の暫定内閣でそれぞれ財務大臣と保健大臣に任命されている。Dr.シュレスタは「2月1日政変」直後、しばらく地下に潜行していた。15年後に再び民主化運動を起こすことになったわけだが、2人はどう感じているのだろう。2人には別の機会に話しを聞くつもりだ。あれから15歳年をとったわけだが、2人ともまだまだ若々しい。

 午後3時になると、ネパール・ジャーナリスト連合のデモが南の通りから会場に到着した。情報通信省が3日、民間ラジオ局のネパールFMに対して出した「(禁止されている)ニュース放送をしたことに関する説明」を求める「極秘文書」を拡大したプラカードを持っている人もいる。いつもはステージの前に陣取って、聴衆から非難の的となるメディア関係者も、今日はおとなしく会場整備係りのボランティアの言うことに従っている。前のほうの人は皆地べたに座り込む。プログラムのオープニングはゴルカ出身の少年ガイネ、ルビン・ガンダルバ君の「反国王歌」だった。最近、街頭プログラムによく現われるルビン君が、ステージの椅子の上に立ちあがってサランギをかなで、「(FMラジオの)ニュース放送を禁止して、なぜ民主主義といえる」、「国王にはこの国を統治することはできない」などと、現体制批判の歌を歌う。歌のあとは、「3時のサラク(街頭)・ニュース」だった。FMラジオのスタッフが、「政府がネパールFMに対してニュース放送に関する説明を求める極秘文書を送った事に関して、国家人権委員会が政府に説明を求めた」という最新のニュースを読み上げる。

 今日の集会の興味深いところは、“市民”が演説者として、政党リーダーが“聴衆”として参加することだ。街頭ニュースが終わることになると、ネパール共産党統一マルキスト・レーニニストのマダフ・クマール・ネパール総書記や人民戦線ネパールのアミク・シェルチャン党首、ネパール労働者農民党のナラヤン・マン・ビジュクチェ党首らが現われて、ステージ下の椅子に座った。ネパール会議派のギリザ・プラサド・コイララ党首も遅れてやってきた。二人の詩人が共和制を支持する詩を朗読したあと、Dr.シュレスタが演説をした。「ネパールは国王がいなくても統治できるが、国民がいなかったら統治できない」と話すと、大きな拍手が沸く。Dr.シュレスタはさらに「政党とマオイストは協力体制を築くべき」「(新憲法制定のための)制憲議会選挙への道を誰も止めることはできない」と主張した。そのあと、ネパール大学教員協会の元会長スプラバ・ギミレさんが続き、ネパール・ジャナジャティ・アディバシ・マハサン会長のオム・グルン氏は「ネパール統一後の237年間、われわれジャナジャティ(少数民族と)は王家に支配されつづけてきた。われわれは、これまで国王の側についたことはない」と話した。演説が始まってまもなく、雨が降り出した。ギミレさんが演説をするころになると、かなり強い雨になった。傘をさしたものの、すぐに身体がびしょ濡れになる。それでも聴衆は減ることなく、演説も中断することなく続いた。

 午後4時ちょうどに、ふたたび「街頭ニュース」が読み上げられ、その後、再び詩の朗読があった。著名な詩人のアルジュン・パラジュリ氏がマイクの前に立った。「私は仏像を盗んでいない。私は銀行強盗をしていない。私は男を撃っていない。私は女をレイプしていない。こんな私がどうやって閣僚になることができる?」という詩を朗読すると、会場から大爆笑と喝采が起こる。詩の意味は、犯罪者や人格的に問題のある人物ばかりが大臣に任命されたことを皮肉るものだ。パラジュリ氏のブラック・ユーモアに富んだ詩が読み上げられるたびに爆笑の渦がわく。このあと、ダリット・コミュニティーのリーダーとして知られるパドマ・ラル・ビスワカルマ氏が演説の最初に、「ネパールに住む500万人のダリットは、王制の終わりを望む」とはっきり話すと、拍手が沸いた。そして、「ロクタントラ(民主主義)のために、われわれダリットは血を流す用意がある」と、話す。次に、ジャーナリストのカナク・マニ・ディチト氏が演説した。マイクに向かってまず、「今日、ここで国王を叱るつもりはない。どんなに叱っても聞かない人を叱って、何の意味がある」と話すと拍手が沸いた。そして、「カトマンズ盆地の外に住む人たちのことを考えるべき」「サティヤグラハ(非暴力運動)を通じて運動を進めるべきだ。カトマンズで10万人の市民が街頭に出てきたとき、この政府は倒れることになる」と平和運動の必要性を説いた。

 司会のシャム・シュレスタ氏は演説者を呼ぶときに、つねに「ナガリク(市民)」という言葉を名前の前に付けていた。ネパール・ジャーナリスト連合のビシュヌ・ニシュトリ氏、ネパール弁護士協会のシェル・バハドゥル・K.C.氏の演説のあと、また何人かの詩人の朗読があった。この間も雨が降り続いていたが、シュラワン・マカルン氏の詩の朗読が始まったときに、写真を撮ろうとカメラをオンにしたのだが、動かない。どうやら、先ほど、雨のなかでカメラを使ったのがまずかったらしい。液晶画面が出なくなってしまった。このため、今日の最大の目的だったマカルン氏の写真を撮り損ねてしまった。マカルン氏は「2月1日」以降、最も厳しい表現で国王を非難している人のなかの一人だ。今日の詩のなかでも、「気の違った皇帝」という言葉で国王を表現、「ジャンガ・バハドゥルが死んだ馬に乗ってやってきた」と、ラナ時代のような前時代的な国王による統治を厳しく批判した。

 午後5時、ふたたび街頭ニュースが読み上げられた。「皇太子パラスが今日、サウジアラビアから帰国しました」というニュースが読み上げられると、会場から「ニュースを止めろ」という声があがり、ブーイングが起こった。このあと、英字週刊紙「Nepali Times」のコラムニスト、C.K.ラル氏が横に座っている政党リーダーのほうを指して、「政党は“完全な民主主義”を運動のスローガンとしているが、“完全な民主主義”の意味を明確に定義すべき」と話したうえで、「完全な民主主義はロクタントラの方向に行くべきだ」「制憲議会選挙を通じてロクタントラを実現する以外にオプションはない」と主張した。ラル氏は文章だけでなく、演説も説得力があって面白い。このあとに演説した著名な人権活動家のクリシュナ・パハリ氏は、「アフガニスタンでタリバンがバーミヤン遺跡を破壊したように、今、ネパールで国王は自由の像を破壊している」「(政府からの制圧など)何も恐れるものはないが、唯一恐れるとしたら、それは自らが犯す過ちだ。国王による絶対王政に対して、沈黙を保つことも過ちである」と話し、最後に「われわれが望むのは、ロクタントリック・ガナタントラ(民主的共和制)だ!」と叫ぶように話して喝采のなかで演説を終えた。

 今日のこの集会は、市民グループが「国王の臣民」と言う意味をもつ「プラジャ」を含む「プラジャタントラ」ではなくて、純粋な「人民」という意味である「ロク」を含む「ロクタントラ」を求めたことに意味がある。二つの言葉は同じ「民主主義」という意味をもつが、前者が王制を前提にしたものであるのに対して、後者はあくまでも「主権在民の支配」を求めるものだ。共和制にあたる言葉には「ガナタントラ」という別の言葉を使うが、「ロクタントラ」はあくまでも「人民の権利を求める」という意味で、共和制に近い感覚で使っている。演説者や詩人のほとんども、直接・間接的な表現で共和制を求める発言をしていた。それぞれの演説内容で共通していたのは、「政党は民主化運動のスローガンを明確にすべき」「制憲議会選挙の実施以外にオプションはなし」「政党はマオイストとの協力関係を築くべき」という3点だ。彼らのこの声が政党を導くことになるのだろうか。少なくとも、今日、“聴衆”として会場にいた政党リーダーたちは、真剣に聞いているように見えたのだが・・・。市民グループは16日に、今度はバサンタプルで座り込みをするプログラムを宣言して、パンチャヤト時代に反体制歌手として知られたラメシュ・シュレスタらの歌に入った。最後に映画「バリダーン」のなかの「ガウン・ガウン・バタ・ウタ(村々で立ち上がれ)」を歌うと、皆に踊りだし、アンコールの声があがった。最後に、シャム・シュレスタ氏が「ロクタントラ・ジンダバード!(民主主義に勝利を)」というスローガンを上げて、今日の集会を終えた。


   
少年ガイネのルビン・ガンダルバ   クリシュナ・パハリ氏(左)、Dr.マトゥラ・プラサド・シュレスタ(右)   市民集会に集まった聴衆

   
”聴衆”として参加した政党リーダーたち。右から、ネパール総書記、シェルチャン党首、ゴパル・シュレスタ、コイララ党首、ラム・チャンドラ・ポウデル元副首相   詩人のアルジュン・パラジュリ氏。マイクの下に「ロクタントラ」とある。   ジャーナリストのカナク・マニ・デチト氏


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