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速報
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ネパール 非常事態宣言! 小倉清子の緊急手記 第37回(05/09/12)

 2月1日、ギャネンドラ国王が非常事態宣言を発し、全権を掌握したネパール。国際電話、インターネットなどの通信は遮断され、カトマンズ在住の小倉清子との連絡も途絶えた。2月8日、ようやく通信が復活。
 通信の切断、治安部隊の出動、反国王派の監禁・拘束など、混迷続くネパールからの現地リポート。



9月8日(木曜日)
8日、キチャポカリで警官隊が催涙ガスを放つ
 毎日、午後3時になると、ニューロードに行くのが日課になった。「今日こそは行かずに、家で仕事をしよう」と思うのだが、正午を回るころになると、ついつい決心が揺るいで、足がニューロードに向いてしまう。4日から始まった7政党による「デモ集会禁止域突破デモ」は勢いが衰えることなく、毎日続いている。午後3時前になると、ニューロードの近辺に7政党のリーダーや活動家が集まりだし、3時を過ぎるとスローガンをあげはじめ、3時半になるころには、警官隊との衝突が始まる。ニューロードの中ほど南側にあるキチャポカリからはネパール会議派が、その西にあるピプルボト(菩提樹)からはネパール会議派(民主)が、そして、ニューロード北側の路地からはネパール共産党統一マルキスト・レーニニスト(UML)がデモを出すというパターンだ。顔の知れたリーダーはたいてい、最前列で‘禁止ライン’を突破しようと試みて、デモの始まりに逮捕される。そのあと、反国王の過激なスローガンをあげる学生や活動家と、警官隊のあいだで追いかけっこが始まる。警官隊は、最初は催涙ガスを使ってデモ隊を追い払おうとしたが、「催涙ガスは人体に危害を与える」とメディアが批判する記事が掲載された翌日、つまり7日から催涙ガスに加えて放水を使うようになった。昨日も今日も、午後3時になると、警察の放水車と消防車がニューロードで待機し、デモが始まるとすぐに放水が始まった。放水のあいまに催涙ガスも放たれた。昨日は、見知らぬ人から玉ねぎをもらって、口と鼻のまわりになすりつけた。少しは楽になるが、玉ねぎの匂いが残って不快だった。今日は、シャッターを閉めていたお店の人が、水をくれ、それで目を鼻をぬらした。催涙ガスはいくつか種類があるのか、非常に強烈なのと、そうでないのとがある。昨年、ラトナ公園でやはり「禁止域座り込み」の運動が何日か続いたときには、かなり強烈なガスで、吐き気に襲われ、しばらく息ができず、目が開けられなかったことを思い出す。

 たまたま用事があって、たった1日だけ行けなかった6日には、警官隊が記者団にも警棒で殴りかかり、それに抗議して記者団がニューロードの真ん中に座り込んで‘臨時抗議集会’を開いたと聞いた。5日には、やはり、何人かの警官がネパール人の記者に失礼な行為を働いたとして、記者団が抗議のスローガンをあげ始めた。こうなると、取材に来ているのか、運動に加わっているのか、よくわからなくなる。ネパール・ジャーナリスト連合は最も活発に民主化運動に参加しているグループの一つだが、デモを取材に来て、自分たちだけ「殴るな」と要求するのは少々無理な話のような気もする。ある程度の‘覚悟’をして来るべきだ。

 ニューロードの‘恒例デモ’にはネパール会議派の党総会に参加するために地方からカトマンズに来て、そのまま戻らずに参加している人がだいぶいるようだ。それにしても迷惑なのは、ニューロード沿いに店をもつ人たちだろう。毎日午後3時から5時すぎまでは全ての店がシャッターを下ろして、商売にならない。リーダーたちは‘逮捕’されるといっても、マヘンドラ・ポリス・クラブなどに拘束されたあと、数時間以内に釈放される。逮捕されるリーダーのなかには、いかにもメディアの目を意識して派手なパフォーマンスをする人もいる。いかにもわざとらしいパフォーマンスは、一般市民に逆効果を与えると思うのだが。警官隊が放水するようになってからは、全身ずぶぬれになってスローガンをあげる姿も目に付くようになった。それにしても、これは一体、いつまで続くのだろう。1990年の民主化運動では、警官隊はバクタプル、ナラヤンガート、ジャナクプルなどでデモ隊に発砲し、最後にパタン、キルティプル、カトマンズ市内で発砲して、40人を超す死者を出した。ネパールの人権状況に国内外からの強い監視の目がある今、さすがに、警官隊がそう簡単に発砲をするとは思えないが、デモが‘平和的’に終わることを祈るばかりである。


9月9日(金曜日)
 催涙ガスを何度も浴びたせいか、喉の調子が悪い。もっとも、毎日、あれだけの人ごみのなかに2,3時間いただけでも、喉をやられる可能性はある。いずれにしても、連日、デモに参加するのも大変なことだろうなと想像するが、88歳のチャヤ・デビ・パラジュリさんをはじめ、かなりのお歳の方たちが毎日参加しているのを見かける。いつもネパール会議派の四つ星の旗を‘着て’くる2人の老人も目につく。81歳になるチタワン出身のサマラ・ラジ・パンデさんと、73歳のジャパ出身のプルナ・バハドゥル・ダカルさんだ。学生や青年活動家のなかに混じって、彼ら3人はかなり目立つせいか、よく外国人カメラマンの被写体となっている。今日は午後3時半から、ラトナ公園に接したボタヒティから文学者グループによる「デモ集会禁止域突破デモ」がある。政党も今日はデモの主体をニューロードからこちらに移して「突破デモ」をすることになっている。アサンのほうから歩いてボタヒティに向かうと、人ごみのなか、まず、81歳のパンデさんが道端に座り込んでいるのに会った。集まった人の先頭集団のほうに行くと、今度は73歳のダカルさんがいた。ダカルさんは先日のネパール会議派の党総会のためにカトマンズに来たのだが、「民主化運動が成功するまでは家に帰らない」と豪語する。ダカルさんは1950年に、当時のラナ家による独裁体制打倒のためにネパール会議派などが武装闘争を行ったときからの党員だという。

 予定の時間になると、最前列にいたナンダ・キソリ・ジョシさんが民主主義のない現在の情況を即興の歌にして歌い始めた。やがて、回りにいる人たちが「ジャンマ、ジャンマ」と合唱を始める。目の前に警棒をもって立つ警官たちも歌を聞いて笑っている。今日は最前列で警官隊を指揮する警官のなかに知り合いの婦人警官を見かけた。男性のような短髪でヘルメットをかぶっていたために、最初は気がつかなかったのだが、彼女のほうから笑って話しかけてきた。カリマティ警察署の女性セル担当のチャウダリ警部だった。男性警官が逮捕した人たちを走って連れて行こうとすると、「ゆっくり連れて行きなさい」と怒鳴る。警官隊も毎日、大変だろうなと思うのだが、近くにいた男性警官に聞くと、「仕事だから仕方がない」と半分あきらめたような様子だった。  
   
5日、人気ブログ「United We Blog!」の運営者ディネシュ・ワグレさんもデモの取材に来ていた。ラトナ公園横のボタヒティにて   7日、ニューロードで「禁止域への侵入を禁じる」と書いたバナーをもった警官隊   7日、放水を受けるデモ隊の人たち
 
   
7日、放水をする消防隊   8日、ニューロードで、デモ隊と警官隊が衝突をしている最中、「少年ガイネ」のルビン・ガンダルバ君が反王制の歌を歌いだした   9日、ボタヒティのデモで、73歳のプルナ・バハドゥル・ダカルさん
 
   
9日、歌手のナンダ・キソリ・ジョシがデモの最前列で歌う   9日、バナーをもって「禁止域」のほうにデモする文学者たち。中央に作家のカゲンドラ・サングラウラがいる。   9日、「禁止ライン」でデモ隊をさえぎる警官。手前に婦人警官のチャウダリ警部

   
9日、逮捕を逃れたあと、メディアのインタビューを受けるカゲンドラ・サングラウラ   9日、「絶対制度打倒」のスローガンを掲げるデモの人   9日、ボタヒティでデモ隊と警官隊の衝突を見守る一般の人たち。



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